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国立国会図書館(こくりつこっかいとしょかん)は、日本の国会議員の調査研究、行政、ならびに日本国民のために奉仕を提供する図書館である。また、納本制度に基づいて、日本国内で出版されたすべての出版物を収集・保存する日本唯一の法定納本図書館である。なお、英語表記はNational Diet Library。
概要
国立国会図書館は、日本の立法府である国会に属する国の機関であり、国会の立法行為を補佐することを第一の目的とする議会図書館である。同時に、納本図書館として日本で唯一の国立図書館としての機能を兼ねており、行政・司法の各部門および日本国民に対するサービスも行っている。
施設は、「中央の図書館」として東京本館(東京都千代田区永田町)および関西館(京都府相楽郡精華町精華台)が置かれ、「支部図書館[1]」として国際子ども図書館(東京都台東区上野公園)、東洋文庫(東京都文京区本駒込)のほか、行政機関・司法機関などに26館[2]が置かれる。
沿革
国立国会図書館の淵源は、大日本帝国憲法下の帝国議会各院に置かれていた衆議院図書館、貴族院図書館、および文部省に付属していた帝国図書館の3館にある。貴衆各院の図書館は、1891年(明治24年)に設立された各院の図書室を起源としており、また、帝国図書館は1872年(明治5年)に設立された書籍館をその前身とする。
第二次世界大戦後、1947年(昭和22年)に施行された日本国憲法は、国会を唯一の立法機関と定め、国会を構成する衆議院・参議院の両議院は「全国民を代表する選挙された議員」(国会議員)で組織されると定めた。そして、国会が民主的に運営され、国会議員が十分な立法活動を行うためには、国会議員のための調査機関として議会図書館の拡充が必要とされた。このため、日本国憲法の施行とともに施行された国会法(昭和22年法律第79号)130条は「議員の調査研究に資するため、別に定める法律により、国会に国立国会図書館を置く。」と定め、あわせて国会図書館法(昭和22年法律第84号)を制定した。これにより、貴衆両院の図書館を合併した国会図書館の設立が定められたが、この体制では国会議員の調査研究には不十分であるとみられた。
そこで、アメリカから図書館使節団が招かれ、国会はその意見を取り入れて、翌1948年(昭和23年)、国立国会図書館法(昭和23年法律第5号)を制定した。同法はアメリカ図書館使節団の強い影響下に誕生したため、国立国会図書館は米国議会図書館 (Library of Congress) をモデルとして、議会図書館であると同時に国立図書館(国立中央図書館)の機能も兼ね、国内資料の網羅的収集と整理を目的とした法定納本制度をもつこととされた。
旧赤坂離宮(現迎賓館)にあった国立国会図書館同法の制定とともに、国会図書館の設立準備が進められ、初代館長には憲法学者で日本国憲法制定時の憲法担当国務大臣だった金森徳次郎が迎えられて、1948年(昭和23年)2月25日に国立国会図書館は発足した。続いて、初代副館長に美学者で尾道市立図書館長だった中井正一が任命され、同年6月5日、旧赤坂離宮(現迎賓館)を仮庁舎として、国立国会図書館は正式に開館した。
翌1949年(昭和24年)には、国立国会図書館法の定めた方針に基づき、出版法(明治26年法律第15号。出版法及び新聞紙法を廃止する法律(昭和24年法律第95号)により廃止。)に基づいて納本された出版物を所蔵していた上野の国立図書館(1947年(昭和22年)に帝国図書館から改称。)が統合され、国立国会図書館は名実ともに日本唯一の国立図書館となった。旧帝国図書館の蔵書と施設はそのまま上野に残され、同館は国立国会図書館の支部図書館である支部上野図書館とされた。
組織の発足より建設が遅れていた国立国会図書館の本館庁舎は、国立国会図書館法と同時に公布された国立国会図書館建築委員会法(昭和23年法律第6号)に基づいて検討が進められ、国会議事堂の北隣にあった旧ドイツ大使館跡地(東京都千代田区永田町)に建設されることになった。本館庁舎(現在の東京本館)は建築設計競技により前川國男の案が選ばれ、1961年(昭和36年)に第一期工事を完了し、図書が収蔵され始めた。収蔵された図書は、貴衆両院図書館からの引継書と戦後の収集分からなる赤坂の国会図書館仮本館蔵書が約100万冊、帝国図書館による戦前収集分を基礎とする上野図書館の蔵書が約100万冊。ここに、別々の歴史をもつ2館の蔵書は1館に合流し、同年11月1日、国立国会図書館本館は蔵書205万冊をもって開館した。
本館の工事は開館後も続けられ、増築の進捗にともなって旧参謀本部庁舎跡地(現国会前庭・憲政記念館)の三宅坂仮庁舎に置かれていた国会サービス部門も本館内に移転し、赤坂・上野・三宅坂の3地区に分かれていた国会図書館の機能は最終的な統合をみる。本館は、開館から7年後の1968年(昭和43年)に竣工し、地上6階・地下1階の事務棟と17層の書庫棟からなる施設が完成した。
国立国会図書館・東京本館の遠景1970年代には蔵書の順調な増大、閲覧者の増加が進み、本館の施設は早くも手狭になりつつあった。このため本館の北隣に新館が建設されることになり、1986年(昭和61年)に開館した。設計は本館と同じく前川國男が担当した。地上4階地下8階で広大な地下部分をすべて書庫にあてた新館の完成により、国立国会図書館は全館合計で1200万冊の図書を収蔵可能な巨大図書館となったが、これも21世紀初頭に所蔵能力の限界に達することが予測された。
このため1980年代以降、第二国立国会図書館を建設する計画が浮上した。第二の国会図書館は増えつづける蔵書を東京本館と分担して保存するとともに、コンピュータ技術の発達にともなう情報通信の発展に対応する情報発信、非来館型サービスに特化した図書館として関西文化学術研究都市に建設されることになり、国立国会図書館関西館として、2002年(平成14年)に開館した。関西館には科学技術関連資料、アジア言語資料、国内博士論文などが移管され、東京本館とともに国立国会図書館の中央館を構成する一角となった。
また、関西館の開館に前後して、支部上野図書館の施設を改築の上、国際子ども図書館として活用する計画が進められた。国際子ども図書館は国立国会図書館の蔵書のうち児童書(主に18歳未満を対象とする図書館資料)を分担して所蔵する児童書のナショナルセンターとして位置付けられ、2000年(平成12年)に部分開館、2002年(平成14年)に全面開館した。
近年は、電子図書館事業の拡充に力が注がれる一方、2005年(平成17年)の国立国会図書館法における館長の国務大臣待遇規定の削除、2006年(平成18年)の自由民主党行政改革推進本部の国会事務局改革の一環としての独立行政法人化の提言、2007年(平成19年)の国会関係者以外からは初めてとなる長尾真(元京都大学総長)の館長任命など、国立国会図書館の組織のあり方をめぐる動きが相次いでいる状況である。
(以上、ウィキペディアより引用)
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